ちょっと前、高耶さんが肩を揉んでくれたことがあった。パソコン疲れの俺を気遣って、「あんま無理すんなよ」と言いながら。 優しい彼に触れられるだけで何故か安心した。 お返しにと俺も肩に手を置くと、とても薄い肩に驚いた。背はすらっと高いのに、肩は頼りなく華奢だった。 揉むとくすぐったそうに髪を俺の手に擦りつけ、安心したように笑っていた。キラキラと宝石箱のような笑顔だった。 守ってあげなければならないと思った。 この前の一件以来、俺はモヤモヤとした気持ちを持て余している。 あの時は思わず抱きしめてしまったが、彼が帰ったあと深く反省し「自制」の二文字を体に刻みつけた。かわいい教え子が無邪気に慕ってくれているんだ、認めることはなんて絶対できない。 一人ソファーでふて寝していると、静かな部屋に携帯の着信音が鳴った。彼かと思って急いでディスプレイを見る。だが表示された名前に肩を落とした。 「…なんだ」 「あらやだ!随分元気ないじゃない。久しぶりね直江ー!」 元気すぎる声は従兄妹である門脇綾子だった。 「まぁま、飲みに行きましょ!飲んで忘れましょ!」 「いや俺は疲れてるし…」 「何言ってんの!花の金曜日よ?てことで一時間後に駅前集合ねー」 そう言ってプツリと切られた電話にため息が漏れる。まぁ気分転換にいいか。誰かと喋って少し頭を冷そう。 「で?どうしたのそんな顔して。何か悩み事?」 「あぁ、まぁな」 「仕事でポカやらかしたとか?よくあるよくある!」 そう言って陽気に笑うこいつは大分酔いが回っているようだ。 「そおいうんじゃない」 「じゃ生徒にでも手ぇ出したとか?」 「………」 「………ぇ」 「違う!まだ出していない!」 「まだ…」 目を瞠る彼女に気づかず、俺は度の強い酒を一気に飲み干した。 「俺はただ、彼が甘えられる存在になりたいだけなんだ」 「……」 「最初はただ純粋にそう…。俺はこの関係を壊したくない」 俺の勝手な想いで彼の安らげる場所を壊したくない。 ご飯を作りに来てくれる彼を失いたくない。 「そんなに大事なら、中途半端に終わらせちゃ駄目よ」 グラスを握った綾子が真面目な顔で言った。 「あんたは変に器用だから心配よ。今を壊したくない位大事なら、ちゃんとケジメつけなさいよね」 ケジメ…ケジメってなんだ。 俺はどうしたってこの気持ちに正当な理屈をつけられない。 ただ彼が欲しいというだけでは、倫理も法律も壁にはならないのだろうか。 next |